
このプロジェクトについて
グラフィックデザイナー/アートディレクターとして長く「表現」に関わってきた私が、子どもも大人も感じて、選び、自由につくるためのアトリエ・オノマトペを徳島に開きます。完成まであと少し。場づくりにさいごの力を貸してください!
はじめまして。
アトリエ・オノマトペのオーナー山下リサです。
今まで約30年、グラフィックデザイナー/アートディレクターとして仕事をしてきました。2011年の東日本大震災までは神奈川の葉山に住みながら、ビーガンマフィン店を併設した東京の事務所で、仲間とユニットを作って楽しく活動してきました(niwa no niwaデザイン事務所)。
しかし、妊娠中に先の東日本大震災がおき、ノマドな人生が始まりました。東京を離れ、東広島、尾道を経て、現在は徳島在住です。
4年前、トイレも併設されてないような近所の古い平屋を購入し、夫と4年かけてDIYを始めました。
今わたしはここで、子どもと大人が自分の呼吸を取り戻す場「アトリエ・オノマトペ」を立ち上げようとしています。手や身体を動かしながら、その人自身の中から立ち上がってくるものを大切にし、表現していく場所です。
photo : Namazu Masataka
なぜ私がこの場所をつくりたいのか。
それは、私自身が子どもの頃一度、自分の声を失った経験があるから、です!
目次
□ なぜ、このアトリエをつくるのか
□ 仕事と、オノマトペの「種」
□ なぜ今、この場所なのか
□ アトリエ・オノマトペでやること
□ シルクスクリーンと、これからの展望
□ 資金の使い道とリターン
□ PROFILE/さいごに
自分の声を一度失った子ども時代
私は幼稚園年長から小学校2年生のころ、父の仕事をきっかけに家族で海外に住んでいたことがあります。当時言葉も分からないまま現地の小学校へ。どうにかして、自分を伝えていく必要がありました。半年もすると私は、母親の買い物の小さなイタリア語通訳同行人に。ちゃんと表現すれば、言葉が少し間違っていたとしても人と人は分かり合える、そんな風に疑いもせず思っていました。
7歳。はじめはみんなが何を言っているのか全く分からなかった。
ところが。小2で日本へ帰ると、同じように自分を伝えた時、今度は強い反発を受けることに。
「転校生のくせに生意気だ」 「リコーダーの色も赤で、みんなと違う」
海外で言葉が通じなかったことよりもずっと辛く、悲しい出来事でした。小学2年生の私は、「日本では、そのままの私を表現したら攻撃されるんだ!」と思い、自分の本当の声をなかなか上げないことを選んでいきました。
高校生まではずっときちんと息をしていないような感覚で、そしてこんなふうになっているのは自分だけだと思っていて、誰にも話せませんでした。ようやく声が少しづつ戻ってきたのは、美大へと進み、アートの世界へ足を踏み入れるようになってからでした。
今ここで、はじめたいこと
もしかすると誰にでも一度くらい、自分の呼吸を止めたような経験があるのではないでしょうか。周りに合わせたこと。言いたかったことを飲み込んだこと。好きなものを好きと言えなかったこと。
私の経験した物語は、あなたの物語でもあるかもしれません。そして目の前のその子もいい子にしてるけど、本当は内側に「大切な声」を潜めているかもしれません。
オノマトペは、「私は、どう感じてる?」「どうしたい?」「何を選ぶ?」と、自分の声にもう一度出会っていく場です。
心と身体が動き出し、そこからその人自身の声が立ち上がっていく。そんな場所を、今度は自分の手で始めたいと思ったのです。
呼吸と、しごとと、今。
美大を卒業し大人になってからは、グラフィックデザインやアートディレクションの仕事をするようになりました。そこでは、「素敵なものをつくる」というみんなの目的が一緒だったので、私は思う存分呼吸をしていました。声は衝突することもあるけれど、それは生き生きとしていました。想像していたものが形になり、外側の世界へと伝わっていき、動いてゆく。そこでは自由でした。
例えば、写真集をつくる時は、こんな感じで仕事をしていきます。必ず写真家さんにインタビューをさせていただき、どんな人生を歩いてきたのか、今何を感じているのか、この写真集で何を表現されたいのかを聞かせていただきます。
一度お話を自分の身体にしみこませた後、何万枚から数百枚に選抜した写真を床一面に並べて、写真の間をのっしのっしと歩きます。すると写真たちが「私を選んで~」と声を上げ始め、私は「は~い!」と返事をしながら拾いにいく。本当なんです!笑。湖の底からキラキラ光る石を拾い上げていくような作業。時には隣で写真家さんも一緒に湖に潜っていて、「こんなのが見つかったぁぁ!」と、ザバーッと水面に出て見せ合います。
「この石にはこんな意味があるかも。」「石の順番入れ替えたら?」などと、行ったり来たりしながら、一冊の写真集の物語ができあがっていきます。
考えてみればアトリエでこれからやろうとしていることも、私が仕事でしてきたことと同じ動きなのかもしれません。









