
B級映画のテレビ放映を機に集まった女子3人を描き、「配信を一人で観る」スタイルが優勢のこの時代に、原初の映画体験の記憶を呼び起こした映画『夜中のポップコーン』。
新宿と梅田での上映に続く、日本各地での公開を目指します!
2/20 追記∶開始3日で達成率50%!
皆さまの温かいご支援のおかけで、初日から目標金額の24%、開始3日で50%を達成することができました。
応援や拡散のご協力、本当にありがとうございます!!
この追い風に勇気をもらいながら、引き続き本プロジェクトを進めてまいります。
ご注目のほどよろしくお願いいたします!
はじめに
はじめまして、このページをご覧いただきありがとうございます。
映画監督の藤本匠と申します。匠と書いて「しょう」と読みます。
皆さんは、「映画館が笑いに包まれる」という経験をしたことはありますか?
私は何度かそういった上映に遭遇してきました。
その強烈な体験が、私が映画の世界へ入門するきっかけでした。
そして、それが今もなお映画を作るときの原動力であり、映画館へ通うことがやめられない理由になっています。
本作『夜中のポップコーン』は、とあるB級映画との出会いや思い出を通して、それらにまつわる個人史を紐解いていくうちに予想外の展開を巻き起こしていくコメディ映画です。
この作品は、2025年の田辺・弁慶映画祭と山形国際ムービーフェスティバルで初上映され、会場が笑いに包まれるという作り手として最も嬉しいお披露目となりました。
映画を志して「コメディ」というジャンルで勝負するのは、最も恐ろしいことだなと日々映画館に通いながら痛感しています。
だって、コメディを観に行って客席がシーンとしていたら寂しいじゃないですか!
だからこそ、映画祭の客席で自分の作ったコメディ映画をお客様と一緒に観るというのは、これまで経験したことのない恐怖の時間でした。
『夜中のポップコーン』は「映画を観ている人たちを観る映画」です。
この映画で伝えたいのは、同じ時間、同じ場所で、同じ作品を分かち合う「映画」という体験の素晴らしさなのです!
映画祭での温かい上映を経て、その場のお客様と幸せな時間を分かち合うことができました。
そしてそれは、この映画の持つメッセージを体現した瞬間でもありました。
この体験を日本の各地に届けたい……!
その想いを叶えるべく、本プロジェクトを立ち上げました。
もしご共感いただけましたらご支援いただけますと幸いです。
ぜひよろしくお願いいたします!
【 映画『夜中のポップコーン』の受賞歴 】
・第19回 田辺・弁慶映画祭 キネマイスター賞
・第21回 山形国際ムービーフェスティバル NID東北賞
・第10回 池袋みらい国際映画祭 入選
同じチームで長編の新作を企画しており、そのパイロット版となる短編映画を現在撮影中!
本作『夜中のポップコーン』の広がり次第で、今後の制作規模も大きく変わってまいります。
あなたのご支援が、私たちの継続的な創作の大きな力になります!
【 劇場公開に向けて 】
当初は劇場公開の予定もない状態で制作された本作ですが、
光栄なことに「第19回 田辺・弁慶映画祭」でキネマイスター賞をいただいたことで、その副賞として、【田辺・弁慶映画祭セレクション2026】内での限定上映が決定!
・テアトル新宿(東京) 5月(日時は調整中、まもなく確定)
・テアトル梅田(大阪) 6月(日時は調整中、まもなく確定)
で上映することが決定しております。
「ここから全国へ飛び出していくぞ!」という決意の反面、前述のとおり劇場公開の予定もなく走り始めてしまった監督と脚本家の前には「追加支出」という大きな壁が生まれてしまったのもまた事実です……
本作の存在を知り、応援してくださる方を増やし、より多くの方に観てもらいたい!
そして、本作での功績を新作の長編につなげたい!
短い期間での実施ではありますが、どうかご協力よろしくお願いいたします!
作品紹介
【 あらすじ 】
カルト的な人気を持つB級モンスターパニック映画『ザ・グロース』のテレビ放映を機に、三澤の自宅に集められた初対面の二人、長田と松野。主催者である三澤の不意の不在により、二人は気まずい鑑賞会を過ごす。やがて心を許し、映画にまつわる思い出を語るうち、三人の因縁や悔恨が明らかになっていく──
【 予告編・90秒 】
【 本作で目指したこと 】
私たちは映画とどう出会ってきたか──
映画との出会いには、人それぞれ千差万別の物語があります。その無数にある出来事からドラマを作れないかという試みが本作『夜中のポップコーン』です。
私たちが映画と初めて出会った日、家族や友人、その場にたまたま居合わせた人たちとともに、同じ時間を共有しながら作品を楽しんでいました。
現代では映像作品のネット視聴の風潮が進む中で、「居合わせる人たち」はSNS上の匿名性の高い相手へと姿を変え、「その場でその時間を過ごした他者」という側面は薄くなっていったように思えます。
本作では、メインプロットとしては人間関係の数奇なもつれを扱いますが、同時に映画を通して共有する時間や空間の尊さにも焦点を当てます。









