
1970年代から90年代、数々のアニメの背景を手がけた美術監督の巨匠、椋尾篁(1938-1992)。出身地、長崎県佐世保にて初の回顧展。歴史に埋もれた彼の仕事を再発見し、未来の創造活動へ継承します。
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はじめまして!キュレーター/アーキビストの明貫紘子(みょうかん・ひろこ)と申します。少し自己紹介をさせください。
私の専門はメディアアートですが、2011年からシュテファン・リーケレス(著書『アニメ建築』グラフィック社)と共に アニメの中間生成物である背景美術のリサーチに着手し、展覧会をキュレーションしてきました。
背景美術の 巧みな手仕事と芸術表現は国宝級の価値があると確信しています。
これまでに手がけた展覧会の図録やDM
今回、みなさんにご支援をお願いするのは、研究の日々で出会った、美術監督のレジェンド椋尾 篁(むくお・たかむら)に光を当てたプロジェクトです。
私が椋尾篁の研究を本格的にスタートさせたのは2024年。徳間記念アニメーション文化財団による助成制度に採択され、りんたろう監督の作品を中心に彼の背景画について研究しました。
「令和5年度アニメーション文化調査研究活動助成制度」で提出した研究論文の一部
2025年3月に提出した論文には、今後に期待する声を多くいただきました。
光と影と質感と
椋尾篁は、1970年代から90年代にかけて、美術監督としてアニメーション表現の飛躍的な進化に大きく貢献した人物です。
1938年1月1日、長崎県の現・佐世保市三川内(みかわち)地区生まれ。父はその地域の歴史ある焼きもの「三川内焼」の絵付師でした。絵画に囲まれた家庭で育ち、高校卒業後大手印刷会社に就職したものの、絵描きになる夢を追い武蔵野美術学校(武蔵野美術大学の前身)へ入学。油絵を学びます。
そして大学卒業後、1963年に放送が始まった国産初のテレビアニメ『鉄腕アトム』の背景を描いたことをきっかけに、アニメーションの世界で活動を本格的にスタートさせました。
椋尾篁(1938-1992)
1992年に54歳で亡くなる短い生涯の中で、 高畑勲(1935-2018)やりんたろう(1941-)など日本を代表する監督とともに、映画やテレビシリーズで多様なアニメの背景美術を手がけました。
彼の功績は歴史に埋もれてしまっていますが、実は、椋尾篁の最初の作品集が出版されたのは45年前の1981年。 美術監督として作品集が出版されるのは初めてのことでした。今でこそ、男鹿和雄(1952-)や山本二三(1953-2023)に代表されるように、背景美術に特化した展覧会や画集がつくられることは珍しくありませんが、かつては監督や作画監督に比べて美術監督が注目されることは稀だったのです。
『さよなら銀河鉄道999:美術の世界』(椋尾篁/窪田忠雄、講談社、1981)
また、雑誌「アニメージュ」主催のアニメグランプリ美術部門では、第1回目の 1979年から5年連続で読者による人気投票第1位を獲得。同誌で美術監督として初めて特集が組まれるなど、高い評価を受けていました。
椋尾篁の記事が掲載された雑誌「アニメージュ」などの資料(提供:三川内在住の冨永文彦)









