▼自己紹介
一般社団法人メディカルキャリアラボの山田敏之です。普段は名古屋市立大学に所属(助教・医局長)し、大学病院で心臓血管外科医として手術を行ったり、大学教員として学生を指導したりしています。また、研究面では名古屋市立大学に加えて慶應義塾大学にも所属(共同研究員)して「医学研究の社会実装とエコシステムの確立」を目指した研究に取り組んでいます。
医学研究においては、社会にその成果を実装すること自体とてもハードルが高く、またそのノウハウがほとんどないというのが現状です。それは、医学自体が人間相手ということでその安全性や効果が確実に担保されなくてはならないという性質があるという一方で、そもそも我々医療者(特に医学研究者)が社会の仕組みをあまり理解していないという問題が根底にあることに気づきました。そこで「社会実装」を勉強して実現するための窓口として一般社団法人メディカルキャリアラボを心臓血管外科医の友人と共に立ち上げました。
▼プロジェクトを立ち上げたきっかけ
私は心臓血管外科医ですが、実は手術トレーニングを行う環境が整っているとはお世辞にも言えません。心臓血管外科手術では、持針器(糸のついた針を持つ器具)と鑷子(ピンセット)を用いて心臓・血管を縫うという手技が重要ですが、実際の心臓でトレーニングするわけにはいきませんので、布/プラスチック/ゴムのようなものや豚の心臓を用いたりして各自/各施設が工夫して行っています。手術トレーニングの目指すべきゴールは明確ではなく、その技量評価はエキスパートによる目視の採点方法以外になく、定量的・客観的に行う方法ありませんでした。これはこのトレーニングに限らず、実際の手術手技においても同様でした。
そのような折に、 私も幹事・コアメンバーとして参画した日本心臓血管外科学会のU-40(アンダーフォーティー:40歳以下の若手心臓血管外科医の会)にて、手術トレーニングキットとして金魚すくいのポイを利用するというアイデアが提案されました。脆弱で繊細な金魚すくいのポイにトレーニング用の模様をスタンプし、その模様に沿って丁寧にかつ早く縫っていくというものです。トレーニングを簡便に効果的に行うことができるように考案されました。しかしこの技量評価にも、エキスパートによる目視の採点方法以外ありませんでした。そこで、手術手技の技量評価を定量的・客観的に行うことを目指し、スマートフォンを利用した手術手技の自動評価アプリの開発を決意しました。
アプリの開発の経験や運用の経験もありませんでしたが、2018年当時私が所属していた慶應義塾大学大学院におきまして、慶應義塾大学およびJSR株式会社の共同研究所で医学研究の社会実装を目指すJKiC (JSR・慶應義塾大学医学化学イノベーションセンター)という研究センターが開設されました。医学研究(アカデミア)のノウハウは大学から、社会実装(ビジネス)のノウハウは企業から持ち寄り、良いところどりするという研究センターです。私の研究テーマはJKiCにて採択され、アプリ開発がスタートしました。ここには、医学博士、理学博士、工学博士、経営修士を有したメンバーがそれぞれ集まり、道なき道を進む楽しさと苦労を共有しながらアプリの研究開発を行いました。これらのアイデアも持って慶應義塾大学大学院経営管理研究科の2018年度ビジネスプランコンテスト「委員長杯2018 KBS×Gunosy」(http://www.kbs.keio.ac.jp/news/2018/017457.html)に参加し優勝しました。開発から2年が経過してようやくそのプロトタイプ(アプリ名:e-Suture)が完成しました。これらの活動のまとめとして、「第74回日本胸部外科学会定期学術集会」で2021年11月2日(火)にてアプリのリリースを発表し、さらにe-Sutureアプリの手術トレーニング評価の科学的妥当性を示した論文(Journal of Surgical Education. DOI: 10.1016/j.jsurg.2021.12.012) を発表致しました。プロトタイプが完成した時点で一般社団法人メディカルキャリアラボへその成果物が導出され、JKiCは卒業となりました。現在はウィズプロジェクツ株式会社とともにアプリの管理・アップデートを行う予定です。
▼プロジェクトの内容
現状では、アプリ(e-Suture)は最低限の採点機能しかなく、まだまだアップデートが必要な状況です。また、アプリ(e-Suture)の採点精度を上げるために、外科トレーニング専用の金魚すくいのポイの開発も行いました。国内シェアの大部分を占める奈良県の工場(堀田プラスチック工業)と協業予定です。安くて利用しやすく、高品質である手術トレーニングキットのプロトタイプが完成いたしました。
アプリ(e-Suture)のクオリティが上がり、ポイの量産が叶えば、ポイを販売して得られる資金とアプリ(e-Suture)を利用した広告活動も見込める状況ですが、アプリのアップデートとポイの量産のための初期費用が不足しているのが問題となっています。そのため、今回クラウドファンディングで初期費用を確保させていただき、アプリ(e-Suture)と専用ポイの市販化を可能とし、外科医のトレーニング環境の整備を応援していただけたらと考えました。今後アプリはAppStoreでダウンロード可能に、トレーニングポイはAmazonで購入可能となります。
▼プロジェクトの展望・ビジョン
本プロジェクトで目指す展望とビジョンは3つです。
1つ目は外科医の手術トレーニング環境を変える第一歩となり得るという点です。金魚すくいのポイを縫う練習の定量的・客観的自動評価が可能となれば、これは心臓血管外科領域だけでなく手術を行うすべての領域への発展が可能です。小さな傷でカメラを使用した手術やロボットを使用した手術も同様です。エキスパートへのラーニングカーブが短縮されれば、外科医の教育は効率化され、逆に外科を目指す若者が増えることも期待できます。また、手術トレーニング環境の問題は日本だけの問題ではありません。全世界への展開も可能で、日本発のサービスとして世界中に拡散可能であると考えております。
2つ目は、医学研究の社会実装が達成されるという点です。本プロジェクトは初期投資さえクリアされればポイの購入とアプリの広告利用でその運用が継続される、つまりエコシステムが確立可能と考えています。社会実装の方法の成功例が増えれば、医学研究がより社会に役立つ上に、医学研究に携わる人も増え、良循環が生まれると考えています。
3つ目は、医療と他領域とコラボレーションが達成できるという点です。医療はハードルが高いという固定概念がありますが、それは医療者が他領域の特徴を知らないという問題もあります。本プロジェクトがきっかけとなり、他のコラボレーションが生まれることを期待します。